自由民権運動

明治前期、藩閥政治に反対して国民の自由と権利を要求した政治運動・社会運動のこと。
明治7年(1874)の板垣退助らによる民撰議院設立建白書の提出に始まり、民権の拡大を求める反政府運動が政府を動かし、国会開設と憲法制定を導いた日本史上もっとも輝かしい出来事などと称賛されているが、実際にはこの反体制運動はそれほど大きく評価されるべきものではない
そんな運動に関係なく政府は国会開設と憲法制定にすでに向かっていた。しかし当時は、不平士族があちこちにくすぶっていたし、廃藩置県も速やかに実行しなければならなかったため、時期尚早だった。西南戦争でついに反乱の恐れが消えたのは明治11(1878)年で、この頃から政府の計画が前進し始めた。反政府運動は、政府が着々と国会開設と憲法制定を進める中で起きたものである。
大東亜戦争後は反体制派がもてはやされるあまり、自由民権運動、特に暴力放棄事件が過剰に評価されてしまった。

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参考文献 歴史年表