対日石油禁輸謀議(1940年7月)

昭和15年の夏ごろ、アメリカとイギリスは日本を屈服させる決定的手段が石油禁輸であることを認識し、石油を中心とした対日経済圧迫をいかに効果あらしめるかに苦慮していた。
7月18日、陸軍長官のヘンリー・スチムソン、海軍長官のノックス、財務長官のモーゲンソーは駐米イギリス大使及び駐米オーストラリア講師と会談した。スチムソンはイギリスが対日融和政策をさらに進めるのではないかと案じていた。
この席でスチムソンが、対日石油供給停止に関する新立法(7月25日の石油輸出許可制措置)について打ち明けたところ、イギリス大使はイギリスは蘭印の油井を破壊することができること、そしてもしこの両方の措置が取られたなら、日本は油の欠乏のため事実上動きが取れなくなるという意見を述べ、モーゲンソーはこの考えに感心した、とスチムソンはその日記に書いている。
イギリス大使の提案に感銘したモーゲンソーは翌日大統領に手紙を出して、次のような計画を具申した。
  1. アメリカは国防の理由で石油を全面禁輸する
  2. イギリスは仮ビア地域から一切の石油を獲得する
  3. 英米両国はカリビア海域の余剰生産の石油をすべて買い上げる
  4. イギリスは蘭印の油井を破壊すべくオランダ政府と打ち合わせる
  5. ドイツの合成石油工場に爆撃を集中する
これで日本とドイツは戦争用の石油を売ることが不可能になるわけである。

参考文献:大東亜戦争への道(中村 粲著)


ブラウザの「戻る」ボタンで戻ってください
参考文献 歴史年表