当時世界は弱肉強食の時代で、力(軍事力)が絶対支配の時代だった。軍事力を強化し、外国の侮りに屈しないためには、国を富ませねばならない。 欧化政策を進めて国力を高めなければ、列強の植民地になってしまう。このためにこの政策が必要だった。 国を富まして兵力を養う富国強兵政策こそ、明治維新の素晴らしい選択だった。 井上馨は、殖産興業のために財閥育成に血道を上げた。 井上は幕末に伊藤博文らとイギリスに密航し、ロンドンの反映を目のあたりにして、イギリスが強力な軍艦や大砲を持っているのは金があるからだということに気づいた。一方、日本では攘夷派が勢いを得て列国に無謀な戦いを挑んだ藩が惨敗を喫している。 このような状況で列国並みの軍備を持つためには、日本も金持ちにならなくてはと井上らは考えた。 財閥育成に邁進した井上こそ、近代日本の財政的基盤を作った立役者である。 富国強兵のため第一に徴兵令を出し、兵役の義務を負わせ、地租を改正して租税の義務を課して国家財政を安定させ、学制を発布して小学校教育を義務づけた。この3つの義務を維新の三大義務という。 さらに政府は富国のため、商業の発達、交通、郵便制度などを含む殖産興業に全力を尽くした。また西洋文明を積極的にとり入れ「文明開化」を進めて、西洋に後れを取らない努力をした。 戦後、GHQの政策により、財閥は解体せしめられた。 |
参考文献 | 歴史年表 |