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大東亜戦争への道
中村 粲 著

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日本の真実の近現代史を知りたい人は絶対に読まざるを得ない本です。4000円近くと高価な本(高いけど650ページを超える普通のほんの数冊分のページがある)ですが、最初から買って手元においておきましょう。何度も読み返さずにはいられない超重要本ですので、図書館で借りても結局買わなければならないことになります。
内 容
あの戦争は何だったのか? 侵略か自衛か? 真珠湾から50年、ついに出た東京裁判史観への全面的反論の書。迷走する日本人の、自己確認への出発点!
マクロ的視座からの斬新な歴史観で大東亜戦争に明快な解釈と評価を下し、偏向史観を一刀両断にする。大学の教壇で多くの学生を魅了した著者の講義録が、いま国民の“教科書”として登場。日本の言論・教育界へ投じる衝撃の1500枚。

目 次
序章 歴史問題 中韓両国への屈伏
歴史とは民族の履歴書だ
大東亜戦争の解釈
戦後の禁忌を冒して
第一章 近代日韓関係の始り 第一節 排外朝鮮の独善 対等に始まった日清関係
朝鮮、我が修交提議を拒絶
「臣隷」化への猜疑
傲頑、覚ますも覚めず
第二節 朝鮮の開国 正義の名分求めた西郷の征韓論
東亜の先覚者日本
江華島事件
偏向教科書では分らぬ歴史の姿
第三節 開化と事大に揺れる朝鮮 壬午の変
事大主義
独立党を指導した日本
朝鮮改革の失敗 - 甲申事変
露国、朝鮮侵略に着手
第四節 独立の気概なき国 金玉均 - 「援助」か「利用」か
悪友を謝絶した「脱亜論」
第二章 日清戦争 第一節 開戦と戦況の推移 東学党の乱と清の出兵
「朝鮮に対して好意的な日本」
朝鮮、対清宗属関係を廃棄
我軍、陸に海に連勝連戦す
中国歴史教科書の嘘
第二節 清国軍の暴状 一方的に国際法を守った日本
近代残虐史の始り
第三節 下関条約と三国干渉 夷を以て夷を制す
東亜五十年の禍根 - 三国干渉
三国干渉をめぐる国論
第四節 日清戦争と朝鮮 甲午改革 - 朝鮮近代化への始動
朝鮮の独立を阻んだもの
親露侮日と閔妃事件
ロシアの対韓保護政治
不誠実な露国
第三章 日露戦争 第一節 三国干渉の高いツケ 露清密約
清国の「生体解剖」
第二節 米国の太平洋進出と門戸開放政策 アメリカの新しき「国境線」
ハワイ保護化への決意
カラカワ王の懇望 - 日布秘史
「日本を盟主に亜細亜連盟を」
ハワイ王朝の滅亡
門戸開放主義の提唱
「特殊」と「普遍」の争ひ
第三節 露国の南進と日英同盟 北清事変と日本
称賛を博した我が軍紀の厳正
黒竜江上の悲劇
満州還付協約の不履行
露国の朝鮮侵入
日英同盟とその意義
第四節 国運賭した日露の死闘 対露交渉決裂す
日露開戦す
ロシアの対日非難と我が反論
我軍、陸に海に大捷す
ポーツマス条約の締結
第五節 日露戦争と日本人 国家か自己か - 主戦論者の苦悩
浅薄粗雑な幸徳秋水の反戦論
「君死にたまふこと勿れ」 - 無責任な世迷言
東郷元帥を抹殺する教科書
対外広報に着目した日本
第六節 日露戦争の世界史的意義 アジアは日本の勝利に興奮した
諸民族に独立への勇気与へる
第七節 韓国併合への道 欺瞞的な韓国の”中立声明”
日韓議定書の意味
悪貨の追放 - 施政改善第一弾
保護化は東亜安定への道
一進会の対日協力
保護条約から併合へ
朝鮮社会の救い難い停滞
”義兵闘争”のこと
独立宣言書の精神
痛恨の悲劇
第四章 日米抗争の始り 第一節 満洲に於ける鉄道争覇 ルーズヴェルトの親日感情
日本恐るべし - ルーズヴェルトの不安
大東亜戦争の名称と性格
ハリマン計画の挫折 - 日米構想序曲
満洲善後条約と満鉄平行線禁止
ドル外交の満洲割込み
第二節 排日移民問題の発生と軌跡 支那人排斥法
ハワイにおける日本移民
排日気運の激成
日本人学童隔離問題
日米紳士協定とそれ以後
第五章 第1次世界大戦と日本 第一節 「二十一ヶ条」問題を見直す 我国、遂に参戦す
我国、欧州派兵を拒絶
 「二十一ヶ条要求」の背景
不当な要求であったか
”主権侵害”とは云へぬ第五号
「支那の言辞無礼なり」(朝日新聞)
歪曲された 「二十一ヶ条」
 「二十一ヶ条」その後
第二節 石井・ランシング協定とは 石井特使派米の背景
「特殊利益」の解釈に食い違い
米国のその場しのぎの懐柔策
第三節 シベリア出兵への視点 「無益な出兵」だったか
我国へ出兵要請
日本を猜疑し共産主義を歓ぶ
第四節 惨劇 - 尼港事件 強姦、虐殺至らざるなし
壁に残る断末魔の文字
共産侵略を洞察した日本
第六章 米国の報復―ワシントン会議 第一節 ワシントン会議の背景 パリ講和会議での我主張
日米、新たな対立へ
第二節 会議の成果 太平洋の凍結
ウィスキーが水に - 日英同盟終了す
九国条約 - 門戸開放主義の成文化
米極東政策の神格化
第七章 国際協調の幻想 第一節 排日の軌跡 再燃した米国の排日
「日本人は帰化不能」と裁定
排日法案の提出
「便宜上にあらず主義の問題」
「華府会議の成果も水泡に・・・・・」(国務長官)
問題となった「重大なる結果」
排日移民法成立す
我国の「厳粛なる抗議」
反米世論沸騰す
「1924年」の歴史的意味
第二節 外蒙の赤化 ソヴィエト・ロシア、外蒙に侵入
タンヌ・ウリャンハイの運命
外蒙を占領したソ連の理由
満洲事変への道開く
無力だった華府会議
第三節 「現実の支那」の暴状 三つの政府をもつ国
匪賊と変らぬ正規兵
満洲は事実上独立していた
支那の関税自主権を支持した日本
支那への不信 - 華府精神崩る
第八章 革命支那と共産主義 第一節 混迷支那への赤い爪牙 孫文と中国革命同盟会
辛亥革命とその後の混乱
コミンテルン(第三インター)の結成
カラハン宣言
欺瞞だった宣言
第二節 第一次国共合作 赤露、孫文へ接近す
孫文の共産主義楽観論
ソ連の指導で国民党改組
第三節 中共の陰謀と国共対立 共産党早くも策動
孫文客死す
共産党”母屋”を取る
蒋台頭、北伐へ
第九章 赤色支那への対応 第一節 南京事件 北伐を逆用したコミンテルン
武漢赤色政府成立にモスクワ狂喜す
英租界実力回収と列国の態度
南京事件の発生
背後にコミンテルンの策謀
事件を歪曲する中国の教科書
発覚したコミンテルンの秘密指令
国共合作破綻す
第二節 幣原外交の理想と現実 無為と無責任の外交
日英協調を阻害した幣原の姿勢
幣原外交終る
共産主義への楽観
第三節 田中外交の北伐対応 第一次山東出兵
支那も歓迎した東方会議
第四節 怪文書、”田中上奏文” ”歴史的資料”になりおほす
日本文となった”上奏文”
満蒙に対する積極政策
中国側の奇妙な論法
偽物と断ずる論拠
第五節 済南事件 田中・蒋会談
我軍の警備を撤去させ、日本人を襲ふ
酸鼻! 日本居留民虐殺さる
国論沸騰、対支膺懲へ
現地外交官の所感
海外の論調、我国を支持
「挑発したのは支那側」(米国史家)
米外交官も我国の出兵を歓迎
「日本軍に感謝」 - 一外国人の手紙
日本、国際連盟に覚書提出
我が国民に痛恨残す
"外交官虐殺事件"の真相
満州易幟
第六節 不戦条約と自衛権 自衛戦争認めた不戦条約
自衛権の留保
ソ連が最初の侵犯国
第十章 満洲事変 第一節 満洲緊迫、柳条溝事件へ 幣原外交と田中外交
「革命外交」の登場
支那の関税自主権を承認
満洲赤化と排日暴動
革命外交で排日激成
「打倒日本」を怒号する支那
事件の勃発
満洲事変は結果である
第二節 四半世紀の累積因 満鉄包囲鉄道の完成
商租権の侵害
排日教育の徹底
日支懸案、実に三百件
実力行使を誘発した中村大尉殺害事件
第三節 事変の経過概要 スチムソンの不承認主義
満洲建国
我国、国際連盟を脱退
第四節 満洲独立運動の虚実 我が政府、独立運動への関与を禁ず
独立は満洲民族の悲願
満洲政客も独立を構想
土着民族のみの東北行政委員会
リットン報告書への反論
第五節 事変を生んだ内外因 ブロック経済から生き延びるために
「四囲の情勢」が日本を追い詰めた
満洲の現状知らぬ政治家の責任
事実を忘却した連盟勧告
満洲事変を称えた我国世論
第六節 満洲は中国の領土か 満洲民族興亡史略
孫文の満洲観
「満州はロシアのものだった」(幣原の見解)
第七節 事変と建国を考へる 日本の力なくして満州の安定なし
日本が露清密約を知ってゐたら
「極度に複雑なる事件」(リットン報告書)
満洲建国の理想 - 宣言と国家に見る
第十一章 北支をめぐる日華関係 第一節 塘沽停戦協定 熱河作戦と陛下の御憂慮
已むを得ず長城を超える
中国側の挑発に我軍遂に館内へ
停戦協定の成立
協定が残したもの
第二節 日華関係の好転 「広田外相の不侵略」演説
公使館を大使館へ昇格
第三節 梅津・何応欽協定 中国側の表裏二重政策
梅津・何応欽協定の成立
土肥原・秦徳純協定
第四節 「三原則」交渉 日華双方から提案
交渉の停頓
第五節 北支自治運動と冀東・冀察両政権 北支自治運動の発生
北支将領の思惑と動揺
冀東・冀察両政権の成立
第十二章 国共内戦と西安事件 第一節 蒋介石の思想と政策 国共分裂と掃共戦
新生活運動
「敵か? 友か?」
第二節 コミンテルンの第謀略 対日戦争を望んだ中共
「トロイの木馬戦術」
共産軍の山西省侵入
支那駐屯軍増強の理由
「救国」という名の赤化工作
抗日テロの続発
第三節 西安事件 「最後の五分間」から蘇生した中共
蒋介石を逮捕監禁
中共に救援求めた学良
永遠の謎か - 釈放条件の有無
国共合作への懐疑
中共蘇生し、北支緊迫す
第十三章 蘆溝橋事件の真相 第一節 事件の発生と推移 諜し合はせた発砲の疑ひ
我軍七時間の隠忍自重
第二節 日本軍謀略説の虚構 嘘で固めた「金振中回想」
事件を予期しなかった我軍
第三節 真犯人は誰か 拡大を策した共産分子
中国側資料が告白した陰謀
真犯人を不問にした東京裁判
第四節 不拡大への努力 我国、当初から不拡大方針
二度も派兵を中止した我国
三週間の不拡大方針も空し
第五節 惨! 通州事件 保安隊、デマ放送に踊り反乱す
悪獣も及ばぬ猟奇の惨殺劇
事件は保安隊の計画的行動(中国側新資料)
殺のために殺を好む
通州事件なければ、"南京事件"なし
第十四章 戦火、上海から南京へ 第一節 船津和平工作の挫折 陛下、外交解決をご希望
陸海軍も賛同
譲歩に徹した我が和平提案
中国側の上海停戦協定違反
凄惨! 大山大尉ら虐殺さる
不自然な中国側主張
第二節 第二次上海事変勃発す 偽装保安隊一万余、協定線侵す
中国側、我方に戦端開く
遂に日支全面戦争へ突入
盧溝橋事件に関する政府声明
第三節 南京攻略 上海派遣軍の派兵
中支那方面軍の編成
異常で違法な中国軍の戦略
首都を見棄てた中国指導者
松井大将、軍紀維持を厳達
暴虐は中国兵の手で始まった
南京陥落
第十五章 新「虐殺」考 第一節 所謂"南京事件"と東京裁判 "南京虐殺"とは?
現はれた"被殺者三十万"の数字
「五七、四一八人」という数字
文学的修辞と空想
「欲する数字を置きたるに過ぎず」
抱腹絶倒の中国式"超算術"
埋葬作業への疑問
"数十万の虐殺"見た者なし
「中国兵による暴虐」を米外交官が報告
交戦法規違反の便衣隊
「便衣隊は市民である」という詭弁
「衆口金をとかす」支那の宣伝
第二節 "大虐殺"への疑問 朝日新聞記者の「虐殺否定」証言
一枚もない虐殺の「全景写真」
第三節 「虐殺神話」を生んだ土壌 "虐殺写真"のトリック
中国史観に見る虐殺の記録
日本人に仮託された中国人の嗜虐性
中国人の猟奇的残暴
第十六章 対支和平への努力 第一節 トラウトマン工作 支那、列強の干渉に頼る
穏健な日本側和平条件
米、我国の和平斡旋依頼を断る
加重された和平条件
「国民政府を相手とせず」
日支双方に誤断
第二節 王精衛 - 悲劇の愛国者 日支和平派の接触
「東亜新秩序」 - 第二次近衛声明
支那側の「挙事計画」
「日華協議記録」調印さる
汪の重慶脱出
愛国の決断
汪の誤算
大乗の精神欠いた内約交渉
東亜の曙光 - 日満華共同宣言
優者と敗者を分けたもの
逆転の機に生きる
仁心発して勇となる
第十七章 防共への戦ひ 第一節 赤いファシズムの成長 テロに始まったソ連国家
史上最も凶悪な支配者
軍事優先の五カ年計画
「塩水で渇をいやす人」
嘆息のできない国
道徳の死滅する国
第二節 日独防共協定 - 共産主義への防波堤 東京裁判は「対ソ侵略」と裁断
コミンテルンの破壊工作
ソ連を刺戟せぬことで外・陸が諒解
穏健かつ抑制された内容
共産主義への防波堤
「防共協定は正当」 - パル判事の所論
第三節 破られた不侵略条約 ソ連の不可侵条約提議を我国拒否
全世界がソ連に不信
ソ連が結んだ十五の不可侵条約
バルト三国に十万のソ連軍
強圧で共産政権を樹立
バルト三国の消滅
半世紀ののちに
第四節 膨れ上がるソ連軍国主義 戦争を積極的に肯定したレーニン
赤軍の異常な増強
不可侵条約の裏で軍備拡張
「日本軍国主義」は空名
第五節 張鼓峰事件 - ソ連の対日挑発 満ソ国境紛争の増加
国境不明確を悪用するソ連
張鼓峰は明白に満州領
ソ連兵、突如国境を侵犯
我軍の不拡大方針
国境線内停止に陛下御満足
専守防衛の地獄絵図
ソ連、停戦協定を破る
侵略者はいづれか
白黒を転倒した政治判断
ローリング判事の所見
ソ連公刊戦史の呆れた記述
威力偵察がソ連の意図
不自然な国境設定が遠因
第六節 ノモンハン事件 またもソ連側越境す
張鼓峰の反省に立つ「紛争処理要綱」
「勝つ」ための合理主義
第十八章 対米関係悪化と我が対策 第一節 米の海軍拡張 日米海軍、「必争性」の段階へ
「米国は誇りをもつが故に戦ふ」
史上最大の海軍を目指したルーズヴェルト
第二節 隔離演説とパネー号事件 米の「中道政策」
我国も欧米との衝突回避を望む
挑戦的な「隔離演説」
パネー号事件の発生
対日戦争を望まぬ米世論
第三節 門戸開放をめぐる日米の相剋 対日共同作戦の検討
我国、遂に「門戸開放主義」を否認す
ブロック経済が強制した「新秩序」
反日煽った宣教師達
第四節 対日経済制裁と中立法改正
道義的禁輸の実施
天津英租界の封鎖
日米通商航海条約を一方的に廃棄
中立法の欺瞞
第五節 北部仏印への協定進駐 南進 - 二つの原因
北部仏印進駐と米の対日禁輸強化
ビルマ・ルートの再開
日本より早く英米ソも他国へ進駐
バルト三国併合との比較
第六節 日蘭会商と米英の圧力 自存自衛体制の確立へ
米、対日経済圧迫を強化
対日石油禁輸を米英が謀議
米英蘭の策謀で会商不良に終る
第七節 汪政権の承認 国民政府の南京還都
和平工作不調に終り、汪政権承認
米、重慶援助強化で我国に対抗
我国の情勢判断
第八節 三国同盟の選択 防共協定強化の議論
国家意思の定まらぬ日本
「氷点に達した」日独関係
三国同盟成立す
目的は対米関係改善と支那事変解決
評価と責任
米国の大きな誤解
第十九章 日米交渉 第一節 交渉の再開と停頓 米国の戦争準備
「日米了解案」に政府沸く
「悪意七分で善意三分」
松岡外交の終焉
第二節 南部仏印進駐 米はすでにアイスランド占領
日本が進駐しなければ米英が・・・
対日戦争を予期した石油全面禁輸
東条陸相、武力行使に不賛成
第三節 日米首脳会談への努力 陛下も嘉された首脳会談の決意
大西洋会談 - 対日戦争への協力
米の「戦争警告」と近衛書簡
ハルの邪推で会談遠のく
「帝国国策遂行要領」の採択
無視されたグルーの重大電報
交渉を終らせた十月二日米側覚書
和戦決せず、近衛内閣総辞職
東条陸相の主張
東条は開戦論者か
第二十章 日本の和平努力空し 第一節 東條内閣の和平努力 白紙還元の御諚
東条陸相が後継首相に推された理由
非戦論が大勢の連絡会議
甲・乙両案を決定
第二節 参戦を焦る米首脳 「米国は攻撃された」
中立法の改正
第三節 我国、重大譲歩を示す 甲案・乙案
ハル、甲案に関心なし
「乙案に一顧の価値もなし」と国務省
「三国同盟死文化」提案も握りつぶす
甲案は日本の重大譲歩
「米側は詭計で日本を欺いた」(ブレークニー氏)
第四節 ハル・ノート 「日本を最初の発砲者たらしめよ」
重慶への謝罪に等しい条項
タイム・リミットなき最後通牒
日米確執四十年の総決算
戦争はハル・ノートによって起きた
中身は古い帝国主義
日本の攻撃を予測したハル
日米抗争史の到達点
開戦の決定
第五節 真珠湾は"奇襲"なのか "奇襲"とは何か
日本の暗号破壊命令を解読
「東の風、雨」
ラニカイ号の奇妙な使命
最後通牒は刻々入電
「これは戦争を意味する」
ハワイへの通報が遅れた理由
真珠湾攻撃は予知されてゐた
ルーズヴェルトは知ってゐたのか
第六節 開戦で安堵した人々 大東亜戦争勃発
対米通告が遅延した事情
ハルの大演技
解決された大統領の「道徳問題」
第七節 十二月八日と日本人 「決死報国」を説いた朝日新聞
捷報に感激した歌びと達
その日の日記から
終章 改めて大東亜戦争を思ふ 我が対外行動の特徴
現実を無視した米国東亜政策
正しかった日本の歩み

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