作成途中 昭和16年(1941)2月、ビルマ独立の援助をするにあたって援蒋ルートのビルマ・ルートを切断するために、鈴木大佐を機艦長とする「南機関」が設立された。南機関とは、ビルマ独立後の軍事の人材を養成するための機関で、ビルマ独立に身を投じていた青年志士30名が集められた。彼らは海南島で1年間、軍事訓練を受けさせ幹部として養成し、台湾からビルマへ潜入させた。その中心人物がオン・サンである。 訓練の目的はビルマ人自身の手で独立を戦い取ることだった。 その後、飯田中将指揮下の第15軍がバンコクに進駐すると、ビルマ人青年約200人に、大川周明塾の日本人青年30人が加わってバンコクでビルマ独立義勇軍(BIA)が編成された。この日本・ビルマ混成義勇軍は、日本の第15軍がイギリス軍の守備するラングーンを攻略するのを待ち、ビルマに攻め込んだ。 ラングーンを陥落させたとき、BIAのメンバーは4万人にも膨れ上がった。 独立運動家であったボー・モアを中心にして1942年に行政府を成立させ、1943年8月にラングーンで独立式典が行われた。 |
参考文献 | 歴史年表 |