昭和18(1943)年1月、北アフリカのモロッコでフランクリン・ルーズベルトはチャーチルと会談し、こう述べている。 「この戦争の最終目標はドイツ、イタリア、及び日本の無条件降伏を求めることであり、世界平和を合理的に保障することを意味する。無条件降伏はこれら三国の人民の破砕を意味するものではなく、他国の征服と屈従に基礎をおく、これら三国の哲学そのものを破砕することである」 「日本の哲学を破砕する」方法としては、日本の戦争犯罪の罪悪を徹底的に日本人に教え込むウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争責任周知徹底計画)を実施して日本人としての誇りを奪うことを考えた。この「プログラム(計画)」を正当化するために東京裁判は実施されたのである。 ![]() ![]() しかも、再びアメリカに歯向かうことができない政治体制とするため、憲法や教育基本法を改悪するとともに、当時の日本の指導者層約20数万人を「軍国主義者」だと決め付けて公職から追放し、代わって労働組合を支援し、社会主義者や共産主義者を政界、学界に登用していく。 |
![]() |
![]() |