ドイツ降伏(1945年5月)

フランクリン・ルーズベルトは天罰が下ったのか4月12日に死んだが、その死はドイツの絶望的な状況には何の変化ももたらさなかった。
ヒトラーは、4月30日にベルリンの地下壕内で自殺し、首都ベルリンがソ連軍によって占領された。
5月7日、ヒトラーの後を継いだドイツ指導者がまずはソ連を除く連合国に無条件降伏した。翌5月8日にはソ連に無条件降伏した。
ここにおいてヨーロッパでの戦争は終結した

日本もこの3ヶ月後に降伏する(ポツダム宣言受諾)わけだが、ドイツと日本は降伏の仕方が決定的に異なることに注意する必要がある。

  無条件降伏へのすり替え

ドイツは最後まで抵抗してヒトラーも自殺し、ゲーリングも戦列を離れ、ついに崩壊してまったく文字通りの無条件降伏をした。

ドイツ降伏の直前から、ナチス指導者の逮捕が本格化した。連合軍が各地で逮捕したナチス指導者は23人で、彼らの身柄はいったん仮拘置所に移送された後、ドイツ東南部のニュルンベルグに送られた。ニュルンベルグは戦前、ナチス・ドイツがユダヤ人弾圧を宣言した都市であり、そこで10月からニュルンベルク裁判が開始される。

  ニュルンベルク裁判


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参考文献 歴史年表