ドイツ見習え論

平成4(1992)年の夏ごろ、「従軍」慰安婦問題とドイツの個人補償という、まったく別個の二つの概念がマスコミに急浮上した。悪名高き宮沢内閣の時代である。「日本人はまだドイツのように本当の謝罪をしていない、ドイツに見習え」という主張が、朝日新聞を中心に燃え広がった。ドイツは国家賠償を済ませた後で、それでは足りないから、より手厚い、心のこもった、人道的措置として「個人補償」をさらに重ねているという前提ですべてが語られ、そのためドイツの償いの仕方が礼賛された。そのとき、どういうわけか一方で、「従軍」慰安婦問題が、不自然にも浮かび上がってきた。

近代戦争史において、敗戦国が戦勝国に「国家賠償」を支払うのが普通のやり方で、戦争で被害を受けた戦勝国の市民一人一人に個別に「個人補償」をしたなどという例はいままでに聞いたことがないが、ナイーブな日本人は、「ドイツは立派だ。日本はだめだ」というばかばかしいコンプレックスにとらわれてしまった。首相になったばかりの細川護熙に至っては、「ドイツが七兆円の『個人補償』をしているなら、日本も一兆円ぐらいはしなければ顔が立たない」などと馬鹿なことを口走った(細川は、それから間もなく、かの悪名高き「侵略戦争発言」を行う)。

これにはまず非常に大きな事実誤認がある。
ドイツはまだ国家賠償をしていない。東西分裂国家であったことが理由で棚上げされてきた。
さらにドイツは旧交戦国のどの国ともまだ講和条約を結んでいない
伝えられるドイツの巨額補償は、賠償ではなく、ナチ犯罪に対する「政治上の責任」の遂行である。従ってどこまでも「個人」の次元で処理されねばならない。「集団の罪」を認めない歴代ドイツ政府の立場は貫かれねばならない。ナチ犯罪にドイツ国家は「道徳上の責任」を決して負わない。あれは「個人の犯罪」の集積であって、したがって償いもどこまでも「個人」に対してなされるべきである。ただし、ドイツ国家が「政治上の責任」を果たすために、財政負担をする、という理屈である。個人補償はそのような背景から出てきた例外措置で、日本人が感傷的に誤解したようなより手厚い、心のこもった、人道的措置なのではない。普通には戦後処理に個人補償などというものは考えられない。ドイツが「個人補償」をしたというのは、「人道に対する罪」に該当するようなホロコーストに対する補償であって、戦後補償ではない。日本にはもともとホロコーストはなかったので、ドイツのような「個人補償」は発生しない。サンフランシスコ講和条約で規定された「個人補償」については、オランダ以外は請求権を放棄し、日本はオランダには補償をしてすべて決着している。
日本は国家賠償という通例の方式に従った。そして、滞りなくすべてを処理した。
ただし韓国とは戦争をしていないから賠償も支払っていない。ただ、日韓基本条約締結時(1965年)に、当時の朴大統領に対する気持ちから五億ドル(当時の日本の国家予算の二十分の一にも相当)という莫大な協力金を支払った。
他方、支那(中華民国政府)は賠償金を放棄した。しかし、日本は国交回復以降、支那共産党支配下の支那に特別に莫大な支援を続けてきた。その金額の中に謝罪と償いの意思が含まれていることは日本国民、支那共産党政府の暗黙の了解であると思われる。支那政府はこの事実を伏せている。支那は賠償を放棄し、日本に恩義を与えたということだけが知らされ、日本からの巨額援助についてはなにひとつ知らされていない。

このように日本とドイツは償いの方式が違っていた。日本は国家賠償の道を順調に歩んで、事柄は完全に終結している。「個人補償」が日本に今更求められる所以はない。

  ヤスパースの「責罪論」(1946年)
  ヴァイゼッカー演説(1985年)

ドイツ人の中には自分たちの罪を相対的に軽くしようと、日本の「従軍」慰安婦問題などを利用し日本を道連れにしようとする輩がいる。まだドイツは「個人補償」をしたが、日本はしていないなどというたわごとを言って「立派なドイツ、不誠実な日本」という宣伝をする輩もいる。自分たちのことを棚に上げ事実を歪曲して日本を非難することは、日本人として事実に基づいてキチンと反論しておかなければならない。

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参考文献 歴史年表